退職金が振り込まれると、まとまった金額が通帳に並びます。「これだけ収入が増えたなら、ふるさと納税の枠も増えるのでは」と考えたくなるところですが、結論から言うと、退職金は原則としてふるさと納税の限度額を増やしません。この記事では、退職した年でも寄付ができること、限度額の元になるのは何なのか、退職金が枠に効かない理由、そして辞めた翌年に待っている住民税と手続きまでを順番に整理します。制度の内容は執筆時点(2026年8月)のものです。
退職した年でもふるさと納税はできる
ふるさと納税は、自治体への寄付に対して所得税と住民税が軽くなる仕組みです。会社員であることが条件ではないので、年の途中で会社を辞めていても、その年に一定の所得があって税金を納めているなら、寄付をして控除を受けられます。転職して年内に再就職した人はもちろん、退職後に働いていない人でも、退職までの給与に対して税金がかかっている以上、枠はゼロになりません。
分かれ目になるのは「その年に納める税金があるかどうか」です。ふるさと納税は税金を前払いで別の自治体に回す仕組みなので、そもそも納める税金がなければ、控除される先もありません。年の前半で辞めてその後の収入がまったくない、あるいは扶養に入って課税されない、といったケースでは、実質的に使える枠がごくわずかか、まったくないこともあります。
退職の有無ではなく、その年の所得と納税額があるかどうかで決まります。
限度額はその年の給与から決まる
自己負担2,000円で収まる寄付の上限は、寄付をした年の所得と、そこから計算される住民税の所得割額をもとに決まります。会社員なら、1月から12月までに受け取った給与が土台です。ここで大事なのは、限度額を左右するのが「その年に働いた分の給与」であって、前年の年収ではないという点です。
たとえば前年は年収500万円あった人が、6月末で退職してその後は無収入だった場合、その年の給与収入は250万円前後になります。限度額の計算に使うのはこちらの250万円のほう。前年の感覚で「去年は6万円寄付できたから今年も同じくらい」と決めてしまうと、上限を超えた分が自己負担になります。退職や転職があった年は、去年の実績をそのまま持ち込まないのが基本です。
なお、年収と限度額の関係、そして「いつの年収を見ればいいのか」という点は、ふるさと納税の限度額はいつの年収で決まるのかで詳しく整理しています。

退職金は限度額に含まれるのか
ここが本題です。退職金は給与と同じ「その年に受け取ったお金」ですが、税金の世界では給与とはまったく別の扱いを受けます。そして、その扱いの違いがそのままふるさと納税の限度額に効いてきます。
退職所得は分けて計算される
退職金は「退職所得」として、給与などほかの所得と合算せずに単独で税額を計算します。しかも計算に入る前に、勤続年数に応じた退職所得控除を引き、さらに残りを2分の1にしてから税率をかけます(勤続5年以下の短期退職手当等など、2分の1が適用されない例外もあります)。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 | 例 |
|---|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) | 10年勤務なら400万円 |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) | 30年勤務なら1,500万円 |
30年勤めて退職金が1,500万円なら、控除額も1,500万円なので課税される退職所得はゼロです。10年勤務で退職金600万円なら、600万円から400万円を引いた200万円の半分、100万円が課税対象になります。退職金の額面がそのまま所得として扱われるわけではない、というのがまず押さえどころです。
住民税についても、退職所得は受け取った年に会社が天引きして納める「現年分離課税」という方式が取られています。ふつうの住民税が前年の所得に対して翌年課税されるのに対し、退職所得の分だけはその場で完結する、と考えると分かりやすいです。
影響が出る部分と出ない部分
ふるさと納税の控除は、所得税の還付、住民税の基本分、そして住民税の特例分の三段構えでできています。金額として最も大きいのは特例分で、これは住民税の所得割額をもとに計算されます。ところが、退職所得に対する住民税は分離して課税される特別な扱いのため、ここから寄付金の税額控除を差し引くことができません。つまり、退職金があっても住民税の特例分の枠は増えないということです。
所得税のほうは事情が少し違います。確定申告で退職所得を申告する場合、ほかの所得から引ききれなかった所得控除を退職所得から差し引ける仕組みがあり、この経路で寄付金控除がわずかに効く余地はあります。ただし前述のとおり退職所得控除で課税対象が大きく削られるため、退職金の額面に見合うほどの枠が生まれるわけではありません。
民間の限度額シミュレーターの多くが退職金の入力欄を持たないのは、この構造があるからです。実務上は、退職金は限度額の計算に入れず、給与などほかの所得だけで見積もる。これがいちばん安全な考え方になります。
退職金を年収に足してシミュレーターに入力すると、限度額が実態より大きく出ます。自己負担が増える方向のずれなので、ここだけは確認しておきましょう。
年の途中で辞めた場合の見積もりかた
では、実際にいくらまで寄付できるのか。退職した年は、次の順番で見積もると迷いません。
まず、1月から退職日までに受け取った給与と賞与を合計します。退職時に会社からもらう源泉徴収票に「支払金額」として載っている数字がそれです。ここに退職金は含まれません(退職金は別に「退職所得の源泉徴収票」が発行されます)。次に、年内に再就職した場合は、新しい会社から年末までに受け取る見込みの給与を足します。この合計が、その年の給与収入です。
この金額をシミュレーターに入れれば、おおよその限度額が出ます。ただし、退職後に国民健康保険や国民年金の保険料を自分で払っている場合、それらは社会保険料控除として課税所得を減らすため、限度額も少し下がります。失業給付は非課税なので収入には加えません。
退職した会社の源泉徴収票(1〜退職月の給与額)
再就職先の給与見込み(月額×残り月数+賞与)
退職後に自分で払った国民健康保険料・国民年金保険料の年間見込み
年の後半に辞めた人ほど給与の総額が読みやすく、前半に辞めた人ほど「その後どう働くか」で数字が動きます。11月から12月の給与が確定してから寄付する、という順番にすれば、上限を超えるリスクはかなり減らせます。
寄付は年内(12月31日の決済完了まで)が期限です。数字が固まるのを待ちすぎて年をまたぐと、その年の控除には使えません。
退職の翌年に気をつけること|住民税は前年の所得にかかる
退職した年より、実は翌年のほうが注意が必要です。住民税は前年の所得に対してかかり、6月ごろに新しい年度の納税通知書が届きます。退職して収入が減っていても、前年にしっかり働いていれば、その所得に応じた住民税を納めることになります。在職中は毎月の給与から天引き(特別徴収)されていたものが、退職後は自分で納める普通徴収に切り替わり、年4回まとめて請求される形になるため、金額の重さを実感しやすいタイミングでもあります。
この住民税は「前年分の精算」なので、ふるさと納税の限度額とは別の話です。翌年の限度額は、あくまで翌年に稼いだ所得で決まります。退職後にしばらく働いていない年は、前年の住民税の請求が来ていても、その年の寄付枠はほとんどないと考えてください。「住民税を払っているのだから枠があるはず」という誤解が起きやすいところです。
逆に、翌年から再就職してフルに働くなら、その年は通常どおりの限度額に戻ります。退職をはさんだ2年間は、収入と納税のタイミングがずれるぶん、年ごとに区切って考えるのが確実です。

手続きは確定申告になることが多い
寄付したあとの手続きには、ワンストップ特例と確定申告の2つがあります。退職した年は、確定申告になるケースが多くなります。
年の途中で退職してそのまま年末を迎えた場合、年末調整を受けていないため、所得税は納めすぎの状態で終わっているのが普通です。生命保険料控除や社会保険料控除も反映されていません。確定申告をすれば、それらの控除と合わせて還付を受けられます。退職金についても、「退職所得の受給に関する申告書」を会社に出していれば申告は不要ですが、出し忘れて一律20.42%が源泉徴収されている場合は、申告することで納めすぎた分が戻ります。
ここで重要なのが、確定申告をするとワンストップ特例は無効になるというルールです。ワンストップの申請書を提出済みでも、あとから確定申告をした時点で、その申請はなかったことになります。申告書に寄付分を書き忘れると、ふるさと納税の控除だけが丸ごと消えてしまうので、寄付金受領証明書は必ず手元にまとめておいてください。申告の流れはふるさと納税の確定申告のやり方で画面つきに解説しています。
一方、年内に再就職して新しい会社で年末調整を受け、ほかに申告する事情がないなら、寄付先が5自治体以内であればワンストップ特例で完結できます。転職の時期によって手続きが変わる、と覚えておけば十分です。
僕自身はまだ退職金を受け取る立場ではありませんが、確定申告そのものは毎年やっています。正直、書類集めがいちばん面倒な工程です。退職した年は源泉徴収票が2枚(給与と退職所得)になるので、届いた時点で寄付金受領証明書と同じ場所にしまっておくと、2月の自分がかなり楽になります。
自分の条件で確かめる
限度額は家族構成や社会保険料でも変わるため、目安表だけで決め切るのは危険です。退職した年のように収入の形が普段と違う年は、なおさら自分の数字を入れて確認する意味があります。
入力するのは、その年の給与収入の合計(退職金は入れない)、家族構成、社会保険料の年間見込み額。詳細版のシミュレーターなら、退職後に自分で払った国民健康保険料もこの欄に入れられます。使い方の手順はふるさと納税シミュレーターの使い方にまとめました。
出てきた金額は、あくまで入力値に対する概算です。特に退職金や株の売却など、通常と違う収入がある年は、判断に迷ったらお住まいの自治体の住民税担当窓口か税務署に確認するのが確実です。控除額や税額の最終的な判断は個々の状況によって変わります。
まとめ|退職金と給与を分けて考える
退職した年のふるさと納税は、「退職金は別枠」と割り切るだけで一気に見通しがよくなります。限度額を決めるのはその年の給与であって、退職金ではありません。退職所得は分離して課税され、住民税の特例分の控除が使えないため、枠を増やす方向にはほとんど働かないからです。
やることは3つです。退職までの給与と再就職後の給与を足してその年の収入を出す。退職金を足さずにシミュレーターへ入れる。年末調整を受けていないなら確定申告で寄付分をまとめて申告する。この順番を守れば、退職をはさんだ年でも自己負担2,000円のラインからはみ出しません。
そして翌年。住民税の請求は前年分、寄付の枠は今年の所得。この2つを混同しないことが、退職後のふるさと納税でいちばんつまずきやすいポイントです。
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